【バリューダンス:Value dance】綾の証明 -Aya Reveals- 第一巻 プロローグ 挫折と希望

【バリューダンス:Value dance】綾の証明 -Aya Reveals- 第一巻 プロローグ 挫折と希望

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夢破れ放浪の日々で見つけた新しい希望

 

【バリューダンス:Value dance】綾の証明 -Aya Reveals- 第一巻 プロローグ 挫折と希望

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数年以上前の寒い最中、私はパリの郊外で、十数年貯めていた貯金のすべてを使い、腕時計の買い付けを行っていた。市街を中心に何件かのアンティークショップを回り、数本程度のヴィンテージモデルを買い付け、その後、親族から送金されてきた全財産を使い、欧州でも比較的大きなオークションハウスが主催する特別会員用の高額オークションで、ラグジュアリーブランドを中心に数本の腕時計の買い付けを行い、パリを後にし日本へと帰国した。

私の店…ではなく、母親が経営する店の目玉として店頭に並べる商品を母の代わりに選んできたのである。日本に帰ってきても、寒さは変わらず、今年の冬の寒さは、例年になく冷えると言う。母親が経営する店は、苦楽園口駅のすぐ近くにある木造二階建ての低層で、一階が店で二階が住居とどこにでもある小さな店である。時計専門店というわけではなく、母は主に古い雑貨や美術品などを扱い、どこにでもある町の小さな雑貨店といった雰囲気で商売をしていた。

私自身が、時計や宝石、バッグや小物、カメラや楽器、オーディオ、クルマ、果てはマンションや一戸建てまで、様々な販売に関わる仕事をしてきたため、この業界に精通しやすい土壌を持ち合わせていたため、母親の家業を継ごうと思ったわけである。その前までは、日本で販売に関わる職を転々としながら、その後、夢の実現のために憧れのパリの建築設計事務所で、アシスタントのさらに下の雑用の立場で働き、毎日のようにフランスの建築に触れながら、休みを見つけてはフランスを中心に欧州中の建築を見て回ったものである。

フランス並びに欧州の空気が私と合っていたようで、欧州のどこかの国で骨を埋める気持ちだったが、母の体調が悪くなり、日本で母一人を残しておくわけにはいかず、一時的に日本に戻ってきたのである。それはともかく、日々の生活のために日銭を稼ぐ商売を日本でスタートすることになったのだが、ラグジュアリーブランドの高級時計を並べていても、この地域の客は誰一人入ってこない。

 

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何日か経ち、資金を回転しなければ、廃業を考えるまで深刻な状態となっていたその時、木枠の引き戸がガラガラと開き、二人の女性が店頭に訪れたのである。一人は年配の女性で、ショートの似合うモデルのような美人である。まるで女優の吉瀬美智子を思わせる正統派の美人といったところか。黒のロングコートにグレーのニット、パンツはホワイトで黒のショートブーツを履きこなし、比較的動きやすい恰好をしている。もう一人は、年配の女性の娘であろうか。紺色のハーフコートにインナーは県立の女子高校の制服を着ている。なんていうか、新聞でみた最近デビューしたあのアイドルグループのあの娘に似ているが、残念ながら名前は思い出せない。色が大変白く透き通るような肌。比較的明るめの茶色のロングで、顔はマネキンのように整い、ファッションショーで立っていても、そのまま通用するぐらいの誰もが足を止めるほどの美人である。年配の女性が、ショーケースにある買い付けた商品を一通り見まわすと、違うショーケースに目を向けると、突然彼女に話しかけた。

「このなかの何がいいの。」

若い女性は、少しうつむきながら、ショーケースの一点の腕時計を見つめ、指をさした。

「ふーん。違うのを選ぶと思っていたわ。店長さんですか。じゃあコレをください。」
「あの。試着などしなくてもよろしいですか?宜しければ、ケースから出して、着け心地やサイズ調整などを行いますけど。」
「ああ。そうしてくださる。綾そこに座りなさい。」

私が促す前にその年配の女性は、若い女性に商談カウンター席に座るように促した。促された女性は、静かに腰を下ろし、少しうつむき加減で、一言も話さずに座って待っていた。

「では、サイズを測りますので、腕を出してもらっていい?」

彼女は、透き通るような白く細い腕を私の目の前に差し出した。多くの場合、最初は付け方が分からない場合が多いので、ベルトを外してあげて、腕を通すまではガイドする。少し腕に触れてしまったが、驚くほどきめの細かい綺麗な肌である。

「ちょうど良さそうだね。きつくないですか?」

彼女は、首を縦に振り、ちょうど良いことを私に示した。少し腕を振り着け心地を確認したのち、彼女は腕時計を外し、専用の化粧ケースに腕時計を収納した。購入手続きを済ませるため、まず店で発行している一年間の修理保証書に、個人情報を記載してもらうため、ボールペンを彼女に手渡した。西宮市西平町…なるほど隣町だな。名前は「如月綾」なかなか素敵な名前である。

素早く保証書に個人情報を書き込むと、年配の女性がクレジットカードを差し出し、すぐに清算するように無言で促した。私は、最速で清算を済ませると、彼女たちはすぐに店頭を出ていったのである。とりあえず店は資金繰りに困らず、廃業は免れたわけだが、古物を扱う店に来る客で、値段交渉もせずに一括で購入する客も珍しい。ちなみに購入した腕時計は、約 百万円もする高級腕時計なのに…。

 

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あれから二年いや三年が経った頃ぐらいだろうか。その後、家業は急成長を果たし、古くなった店舗を改装して、RC造三階建の高級店に生まれ変わった。といっても元々建築家を志していたので、リーズナブルに高級風に魅せる設計をするのは、お手のものである。比較的事業は上手くいき、パリで貧乏生活をしながら、建築の仕事をしているよりも、はるかに裕福になってしまった。店舗が大幅に拡大したことで、店頭を見られる人材を募集しなくてはならなくなり、様々な求人媒体に募集を掛けたが、これといった人材には恵まれず、成長の停滞が見られた頃である。いつもどおり開店準備をはじめ、店の外の歩道の清掃を終わらせて中に入ろうとしたとき、後ろから声を掛けられたのである。

「あのすいません。お店開いていますか?」

軽く振り返ると、スラっとした美人女性が立っていた。

「はい。いまから開けるところですか。何がご用ですか?」
「実は買い取ってもらいたい物がありまして、少しの時間でいいので、ご相談してもよろしいですか?」
「はい。もちろんです。私の店は買取もしています。外では寒く、ここではなんですので、店の中でお話ししましょう。」

彼女をエスコートし、店の中に入ると、所定の位置で彼女を招き入れた。なんていうのか、吸い込まれるほど魅力的な女性で、最近なんとかという人気アイドルグループのマネキンに似たあの娘に似ているが、おじさんである私は、今の娘の名前を正確に思い出せない。白系のロングコートで、インナーは薄い紫のワンピースにロングブーツを履きこなしたモデルのような女性である。

「これを買い取ってもらいたのですが。いくらぐらいになりそうでしょうか?」

細長い左腕を差し出した彼女は、腕時計を外しその腕時計を手元に置いた。すかさず、鞄からその腕時計の化粧ケースを取り出し、右横に静かに置いた。

「ちょっと拝見。」

私は、すかさず腕時計を手に取り慎重に調べながら、動いているかの確認と時計の真贋を行い、間違いはないことを確認し、最後に化粧ケースを調べるため、蓋を開いた。中に入っているのは、私の店が発行した修理保証書が入っていた。小さく畳まれた書類に目を通すと、あのときの記憶が蘇る名前が出てきた。「如月綾」である。この目の前に座っている女性が、学生時代に見た彼女の成長した姿なのである。あのときよりも、さらに美しくなっているが、化粧法を変えたのか、最初見た時に彼女とは分からないほど、垢ぬけた印象である。

「買い取るとなると、購入して頂いた時よりも、かなり安くなりそうです。相場は、新品価格の約 1/3 程度となりますが、それでもかまいませんか?」
「え…そんなに安くなるのですか。もう少し高く売れると思っていましたが、意外と安くなってしまうのですね。」
「そうですね。結構使われている事が分かりますし、オーバーホール費用も考えると、相場から考えると妥当な額ですし、昔当店で買われた商品ですので、少し買取額は上げることは可能ですがいかかでしょう?」
「実は売りたくはないのですが、まとまったお金が必要で、買取額よりも少し足りないので困ってしまいます。」
「うーん、なるほど。分かりました。当店では質屋もやっているので、一時的に如月さんの腕時計をお預かりし、必要とする金額までお貸し致しますので、期限を決めて利子分も含め支払っていただき、ゆっくり分割返済してもらうことで解決できると思いますよ。」
「そのようなご商売をされているのは知りませんでした。それであれば、助かりますし、そうしたいのは山々なのですが、少し前にこっちに帰ってきて…これから生活する家は見つけましたが、仕事を見つける必要があるのですが、この就職難でなかなか見つけることができず、すぐに支払ができるかどうか不安があります。」
「お住まいはお近くですか?」
「駅前を少し上がったところの賃貸マンションは借りましたけど、来月の家賃が払えるかどうか不安です。」

私は少し考えたが、このまま増額して買取を行い、販売してもいいが、もしかすると原価割れしてしまい、高額ゆえに多額の損失が出る可能もある。また、質としてお金を貸しても、返済能力が乏しければ、下手すると貸し倒れの可能性はある。彼女は私の店の窮地を救ってくれた最初のお客さん…と言っても母親が購入したが、彼女がこの腕時計を選ばなければ、今日の私もなかったのだ。

 

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「分かりました。正直に話しますと、私はあなたに少し恩があります。といっても正確にはあなたのお母さんにですが。如月さんのご融資を全額致しますが、実はこの店では人材を必要としています。この店頭で販売をして頂ける方をちょうど探していたのですが、なかなか見つからず、人手不足の状態です。どうでしょう。あなたの生活の基盤が出来るまで、当店で働きながら返済金を一部天引きし、働いた対価をお支払いするというのはどうでしょうか?仕事と言っても、店頭の整理整頓、商品リストの作成、接客と買取対応ぐらいで、正直あまり忙しくない職場ですが、じっくりと店舗運営の勉強はできると思いますし、家から近いので通勤もしやすいと思います。」

「お気持ちは嬉しいのですが、甘えてしまっては非常に失礼かなと思います。少し考えてから改めてご返事させてもらっていいですか?」
「いつでも構いません。仕事の件だけでなく、ご希望の金額までは届かないかもしれませんが、買取のみをしておりますので、いつでもご相談に来てください。」

彼女は慌ただしく席を立ち、足早に店をあとにした。いきなりの提案で面を食らったのであろう。地域で質屋業をしていると、様々な驚くべき家庭事情を抱えて店にくる。多くの人は誰にも言えない理由を抱え、何かしらの理由でお金に困っているのである。

この場合、いかに傷つけずに諦めさせるか、買取店でも多少の知恵は必要で、地域の評判もあり、話をこじらせずにいかに後日良いお客となってもらうか。含みを持たせつつ、無理に近い提案もすることもあるのだ。それから何日か過ぎた。いつも通り開店の準備をはじめ店頭の清掃を行っているときに、玄関の扉が静かに開いた。

「いらっしゃいませ。あ…あのときの如月さんですね。」

決意めいた表情をし、私の前に近づいたかと思うと、いきなり頭を下げた。

「この前の話、受けさせて頂きます。ぜひここで働かせてください。」
「ああ。頭をあげてください。本当にここで働くことで構わないのですか?」
「あれからよく考えましたが、非常にありがたい提案ということが後になって分かってきましたので。」

上手くあしらうつもりだったが、まさか提案を受け入れてくれるとは思いもよらなかった。期限が決まっていながらも、一時的にここで働くことになったのである。私の名前を紹介するのを忘れていたが、私の名前は佐伯幸太郎。今年で四十歳になるもういい年の中年である。

幸いにも、廃業寸前の母の実家である夢咲堂の社長となり、ここ数年で事業を軌道に乗せ、これから大きく躍動する年としたいこの頃から様々な奇妙な事案が私の店に持ち込まれることになるのである。これは、何件かの古い高級品にまつわる話である。

人の手に渡った高級品は、その人の思いや愛情が宿ると言うが、それはある意味正しい。ただ、その思い出が必ずしも、人々が思うほど美しい思い出や愛情ではないことが経験上言えるのである。

少し前から、夢咲堂で仕事をすることになった驚くほど美しいがどことなく不思議な女性「如月綾」と共に、いくつかの事案を解明してきたわけだが、後日話そうと思っていたこのエピソードを最初に話しておきたいと思う。

まずは、「ある懐中時計にまつわる忘れられない事案」このあたりから話を起こしていきたいと思う。

※All reference images in this article are Pixabay.



About PG編集:道長

食べる事と寝る事に一生懸命な旅人。 世界は感染症や戦争で混沌としておりますが、平和になったら平和な国を旅をしたいと準備しております。 先代の管理者様より、サイト管理・記事制作を委任しております。 ※現在は写真提供をして頂いております。

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