【バリューダンス:Value dance】綾の証明 -Aya Reveals- 第一話 グランドエイコーの黄昏 5 :闇のなかに消えた女性

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解決編:闇に消えた女性

 

【バリューダンス:Value dance】綾の証明 -Aya Reveals- 第一話 グランドエイコーの黄昏 5 :闇のなかに消えた女性

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間宮翔子との話が終わり、もう一度、鍋島奈央子の素性調査報告書に目を通した。関連の資料と写真なども見比べ、今までの経緯を丁寧に追いながら、綾君が瞬時にたどり着いた ” 真相なるモノ ” を私も知らなければ、彼女たちにずっと馬鹿にされるという焦りが少しあった。

といっても、むさ苦しい男と違い、超が付くほど若く美しい女性たちに、罵倒とほぼ変わらない指摘をされると、逆の意味で ”誉め言葉” であったりするのである。これは若いときの私にはなかった心境であり、中年になり年を取った証拠であろう。

そう頭の片隅に考えをよぎらせながらも、私なりに今まで分かってきた内容をメモにまとめて見たのが以下である。

  • 現在鍋島(財団)が保有する懐中時計が本物とされる
  • 清水氏がほぼ同じ懐中時計をふたつ製作
  • 本物の化粧箱に恋文のような和歌が仕込まれていた
  • ひとつは清水氏、もうひとつは矢部銀次郎氏が保有
  • 鍋島は順次郎氏の娘。彼女の過去は問題アリ

メモにまとめてみたが、何が真相なのか、ますますわからなくなってきたので、一息つくために「片山伊右衛門商店」の 100 g / 28,000 円もする最高級抹茶を入れてセッティング。いま資料室にいる綾君には、内緒で買ってきた一つ 500 円という「輝炎堂」の高級いちご大福を食べようと、私の机の後ろにある小さな床置き冷凍庫に静かに収納されている「宝物」を取り出そうと扉を開けた。

が…綾君に先手を打たれ、奇襲攻撃を受けたようである。無くなっている…。いつ…ああ、あのとき間宮と話しているときか。であれば、なぜ間宮は、綾君を見られる位置にいながら、綾君に挨拶をしなかったのか。つまり彼女たちはグル。なんというプレイ。ただ、ここで怒ってはいけない。彼女たちの仕事のモチベーションを上げるための福利厚生、いやレクリエーションとして、私は割り切るしかない。

「そんなところで、何しているのですか?佐伯さん。」

綾君は、私の後ろに立ち、右手で冷蔵庫の扉を開けたまま私が、思考の迷路で迷走していたことを見透かすように、よく通る綺麗な声で私に声を掛けてきた。

「私の為に、さりげなく買ってきたのですよね。見かけによらず、女心が分かっていると思いました。」

アイドル顔負けの可愛い受け答えで対応されると ”ハイ” としか言いようがなくなる。案件が解決するまでは、綾君の機嫌を取るしかない。

「ところで、資料室で懐中時計を調べてみて分かったことがあったのかな?」
「ええ。少し解読するまで間が掛かりましたが、ほぼ解明できました。」

私は、何が何だか分からないまま、綾君に真相を聞こうとしたが、続けて綾君が語り掛けた。

「佐伯さん。鍋島さんと清水さんを明日の晩、夢咲堂に呼んでもらうことはできますか?」
「ああ。それは構わないが、今からメールしておくとして、問題はないだろが、本当に大丈夫なのか?」
「はい。ただ、今回の件を証明したからと言って、本当に解決する案件かと言われれば難しいと思います。単純にトリックを楽しむ推理小説のように、スッキリと解決すればいいのですが。事実は、そんなに単純でもなさそうです。」

綾君は、再び険しい顔になったかと思うと、パソコンに映る清水氏と鍋島氏を並べた写真をみて、少し悲しみに満ちた菩薩のように優しい表情を見せるのであった。

その日の夜、自宅に引き上げてからも、私はなかなか寝付けず、寝室でココアを飲みながら、レコードプレイヤーに針を落とし、ワルツ第9番 変イ長調 Op.69-1 「別れのワルツ」 を聴きながら、目を閉じて革張りのアームチェアに腰を沈め、しばし、ショパンに敬意を称し思いを馳せた。

明日の会談で、綾君による真相の解明で謎が解けると思うが、夢咲堂として仕事の依頼を引き受けた以上、落としどころを考えておく必要がある。もしショパンの曲のように、すべての関係は、その終わりが来て、親しい人とも別れるという最悪の事も想定しておかなければならないと意識を持ちながらも、ココアで温かくなった体温の上昇を感じながら、私は夢の中へ落ちていった。

 

【バリューダンス:Value dance】綾の証明 -Aya Reveals- 第一話 グランドエイコーの黄昏 5 :闇のなかに消えた女性

 

約束の夜。外は夕方より小雨が続いており、約束の時間になるにつれ、少しずつ雨が強くなってくるのを店頭のショーウインドウ越しに、私は横目で外を眺めた。私たちは、入念な準備をして彼らを待っていた。入念な準備といっても、資料を整え、懐中時計を持ち出し、机と椅子を綺麗にして、赤のビロード調のテーブルクロスを用意し、その中央に化粧箱に入った懐中時計を置き、座る椅子も少し上質なアンティーク調の椅子に変えたぐらいである。これらの準備は、私の個人的なゲン担ぎであり、晴れの場は、客人を快適にする事と、どこかに赤を入れる事としているのである。

時間キッカリに、玄関のドアが開き、清水氏が最初に現れた。彼は、愛用の黒縁の太いメガネを掛け、高級のアクアスキュータムのブラックのロングコート、上はおそらく同ブランドのブラックのハイネック、下は細目のチノパンを履き、足元は上質なジョン・ロブのアイコンシューズを履きこなし、腕時計はアンティークのロレックスを身に着け、グローブトロッターのアンティーク調のアタッシュケースを持って立っていた。まるで英国紳士のような出で立ちである。

「こんな遅くの時間に、何の用かと思いましたが、今回の件で、真実が解明されるようなので、出席させてもらいます。」

私は、清水官兵衛・三代目、通称:中井貴一氏に軽く近寄り、右手を応接スペース側に差し出し、アンティークの椅子に座るように促した。数分後、夢咲堂の前に一台のタクシーが停車し、後部座席の扉が開き、タクシーの中から傘を広げ、鍋島奈央子が素早く降車し、足早に玄関前に到着するのが辛うじて見えた。鍋島は玄関前に立つと、素早く身なりを整え、静かに入ってきた。

「お待たせ致しました。今日は、私たちが保有する懐中時計の件で、御用があると連絡を頂き、こちらに参上しましたが、もうすでに先客がお見えになっているようですね。」

鍋島奈央子は、いつになく自信に溢れ、先客の存在を知りつつ、いないかのような他人行儀の振る舞いを見せ、私たちは、その変貌ぶりに少し驚いた。まずコートは、ダークブルーのエルメスのチェスターコートを着て、首元は、ショーメのリアン・ドゥ・ショーメ・ダイヤネックレス、腕時計は、カルティエのタンクフランセーズを身に着け、インナーは、グレーのセリーヌのトップスとブラックのレザーパンツ、足元は、同ブランドのメタルヒールブーツを履き、バッグは、エルメスの外縫いのグレーのバーキンである。彼女は、全身仏国ブランドで固め、仏国のモデルのような出で立ちであり、それは往年の英仏関係のような様相を呈したのである。

「鍋島さんもどうぞこちらで暖をお取りください。」

綾君は、足元にある赤外線ヒーターを応接スペースの前に差し出し、奈央子はヒーター前にあるもうひとつの応接用ソファーに軽く腰を下ろし、静かに話を待った。

「それでは両人ともお揃いの事ですので、如月君の方から、話をして頂きます。」

綾君は、少し前に出てきて、歩きながら話をはじめた。

「まず、この件の大よその内容を話していきたいと思います。私たちは、鍋島さんより、この懐中時計の真贋の依頼を受けました。私たちは丁寧に調査をし、ある事実に辿りつきました。それは、この懐中時計は本物ということです。」

内容を聞いて、真っ先に口を開いたのは、清水氏であった。

「何を言うんだ君は。私が持っている懐中時計こそが本物であり、あれは贋作と私は思いますが。」

清水氏は丁寧ながらも、抑揚のある自信に満ちた発言で、綾君の先制発言に横やりを入れたカタチとなった。私は、綾君が話を続けやすいように、清水氏に注意を促した。

「まあ、聞いてください。反論はあとで。」綾君は、すこし面を食らったようだが、再び話をはじめた。
「この懐中時計が問題となったのは、清水官兵衛・初代が、これは偽物ということから始まった問題なのですが、清水さんは、本物を長年保有していると思い込み、自分が贋作だと思っていた懐中時計を気づかずに持ち続けていたことです。」

綾君は、化粧箱の裏蓋を開け、例の和歌を清水氏に見せ、その意味を語りだした。

 

- 瀬をはやみ 岩にせかるる 瀧川の われても末に 逢はむとぞ思ふ -

 

「これは、川の瀬の流れは速く、岩にせき止められた急流が、二つに分かれ、また一つになるように、今は愛しい人と別れても、いつか必ず再会し結ばれると信じている。といった意味ですが、これを誰に贈ったのかで話が見えてくるのです。」

 

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私は、綾君に少し歩み寄りその続きを聞くために、話を促した。

「それは誰だい。」
「清水氏が恋焦がれていた相手、それは矢部銀次郎氏の子供たちの乳母を務めた女性です。」
「乳母に恋心を抱いたのが清水氏で、彼女のために製作したものだったのか。」
「はい。その当時、清水氏は、矢部時計製作所の見習い技術者で、将来は自分でブランドをつくり、独立したいという夢を持っていました。製作所内でその女性と偶然知り合い、恋心を抱き、彼女と一緒になりたいと望むようになったのです。」

綾君は、二人の間をゆっくりと歩きながら、私たち三人に背を向ける形で、再び話を進める。

「清水氏が愛してしまった女性は、矢部家の人間であり、一緒になる場合は、矢部銀次郎氏に話をする必要がありました。清水氏は矢部氏に彼女と一緒になり、この事務所を独立して自分の力でやっていきたいと、矢部氏に話をしたと思います。ただ、ここで矢部氏よりも思いもよらない条件を突き付けられます。それは、愛する乳母のために作っている懐中時計を完成させて、そのすべての技術並びに権利を矢部時計製作所、つまり私に譲り渡せというものです。」

清水官兵衛・三代目は、眉間に深いシワを寄せ、座っていた椅子を約九十度綾君の方に振り向け、半身を綾君の方にやり、綾君の背中をみつめていた。

「清水氏は困りました。この懐中時計を完成させて、独立後に世界の時計コンクールに出品し、華々しくデビューすることで、自身のブランドと名声を築く予定が、脆くも崩れてしまう恐れがあったからです。自身の名声か彼女への愛か、迷う日々が続いたと思います。」

鍋島は、ずっと一点を見つめて話を聞いていたが、鞄の中からステンレス製の携帯用ミニボトルを取り出し、軽く一口飲みし、喉を潤した。

「結果的に清水氏が選んだのは、愛する女性である彼女でした。ただ、彼女に一生を捧げる証としての懐中時計を引き渡すわけにはいけません。清水氏は一計を思いつきます。矢部氏に自分にとっては贋作、つまりそっくり同じ物を作り、それを渡すこととしたのです。」

綾君は再びこちらを向き、再び歩き出し、私たちの方に向かって歩きながら、証明を進めていく。

「完成したある日、清水氏はその乳母の女性にプロポーズをし、その時にこの懐中時計を結婚する約束の証とし、その証拠をこの懐中時計の中に封印したのです。」

綾君は、机の上に置かれた懐中時計の裏蓋を外し、私たち全員に見えるように開けたまま再び化粧箱の上に置いた。私たち三人は、その裏蓋を覗き込んだ。懐中時計の裏蓋には、以下の内容が彫られていた。

– さや、恋ふ 昭和十九年四月七日 –

「この ” さや ” という女性は乳母の名前です。この女性が、今回の件で大きな役割を演じることになるのです。さやを愛しているというこの言葉を贈ったのは、清水官兵衛・初代、つまりあなたの祖父です。」

清水と鍋島は、驚いた表情を見せ、私も驚きの表情を隠せなかった。

「あれだけ調べたのに、なぜ二重蓋となっているのに気づかなかったのだ。」

いつも冷静な清水氏が、動揺を隠しきれず、綾君に問いかけるように言い放った。

 

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「これは、私も昨日まで分かりませんでしたが、ビジュアル分析を行う中で、蓋の側面に小さな穴が開いていたのを見つけたのです。ただ多くの技術者は、その穴を見つけても、製造上のやむを得ない小さく出来た気泡のようなものとしか見ないでしょう。ただ、これを細目の針で、ある回数を押すと、隠し蓋が簡単に開くことができるのです。」
「そうか昨日の午後に資料室で籠って仕事をしていたのは、そのためだったのか。」
「ええ。ただやみくもに押しても、この蓋は開きませんが、ここに書いてある日付の回数を押さないと開くことはありませんでした。」
「それが、なぜわかったのだ。」清水氏は先を聞きたくてしょうがないようである。
「矢部記念博物館でみた一枚の写真から分かったのです。それは非常に古い写真で、記念日を家で楽しむ矢部家の一族と従業員、女中や乳母などが何かしらのゲームに興じている写真でした。そのゲームとは、百人一首であり、その日の日付がたまたま記載されていたのです。昭和十九年四月七日。その写真には、乳母の ”さや”も、矢部氏も、清水氏も同じ写真に写っており、さやの腰元には、この懐中時計の鎖も写っていました。」

綾君は、自分の机に戻り、博物館に飾られていた写真をデジカメで撮影し、それを大きく引き伸ばし、写真紙にプリントした紙を机の上に置いた。私と清水氏は、その写真にくぎ付けとなったが、鍋島はなぜか座ったままでその写真を見ようとはしなかった。綾君は再び証明をはじめた。

「この写真、少し妙だと思いませんか?ここに写っている ” さや ” という乳母の女性、誰かに面影が似ていると思いませんか?」

私たちは、写真を見ながら、ある女性の顔が思い当たった。と同時に、後ろにいる ” ある女性 ” の顔を見る為に、私と清水氏は振り返った。

「そうです。鍋島奈央子さんに似ていますよね。つまり鍋島さんは、さやのお孫さんなのです。」

私は、鍋島を見つめながら、ある疑問が浮かび上がった。つまり孫ということは、その親である次男順次郎氏は、乳母の子供ということになる。

「佐伯さんが思っていることを当ててみましょう。鍋島奈央子さんの祖母が、乳母のさやだとすると、次男の順次郎の母親は、その乳母ということになる。」

綾君は、私が驚いた表情を横目で見つつ話を続ける。

「矢部銀次郎氏の正妻である貴族院 (華族) を務めた由緒正しい家の出の女性には、生涯子宝に恵まれることはなかったのでしょう。ただ、その事は長く矢部家の秘密とされ、表向きは、彼女が母親とすることとしたのでしょう。実際に三人の子供は、乳母が代理で生んだことになります。それをよく知っているのは、奈央子さんの方なのでは。」

私たちは、鍋島の方を再び見つめたが、鍋島は黙ったまま一点を見つめ、口を開くことはなかった。

「ちょっと待ってください。私の祖父が持っていた懐中時計が贋作だったと言うのは認めるとして、私の祖母であるさやには、祖父は本物であるこの目の前にある懐中時計を贈ったことになる。いつの間にすり替わったのだ?また、私はこの鍋島奈央子とは、遠い血縁の可能性は否定できなくなったのだが、彼女はなぜ出生を秘密にしたまま、今まで生きてきたというのだ?」

清水氏は、語気を強め、長年胸につかえていた悩みのような思いを綾君にぶつけるように問うた。

「まず、第一にいつ贋作とすり替わったのかという疑問ですが、これは推測の域を出ませんが、実際にすり替わったことで証明されていると思います。誰がすり替えたのか、それは、さやさんしか考えられません。」
「嘘だろ…。そんな。」清水氏は、話が飲み込めないようであった。
「すり替わった証拠は、あの和歌です。あの和歌は、さやさんが矢部銀次郎氏に送った返答なのです。」
「つまり、さやさんは、清水さんの祖父を愛しておらず、一生を掛けて愛していたのは、矢部銀次郎氏だったのです。」

清水氏はショックが隠し切れず、左手でこめかみを押し、掛けていた眼鏡を外し、右手で目頭を押さえながら、話を聞く姿勢を取り直し、綾君を見つめた。

「さやさんは、矢部銀次郎氏を愛していた。愛していた相手を救うために、清水官兵衛 (初代) と一緒になったのです。さやさんは、その後、清水さんのお父さん (二代目) を生み、その後、彼女は死ぬまで贋作を保有し、中を詳しく見る事もなく、内容を公表できない初代によって、そのまま隠されました。清水さんの祖父は、裏切られていたことに、約 三十年後、偶然知ることになったのです。」

 

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綾君は、懐中時計を収めている化粧箱を閉じ、ソファーに座っている鍋島の方を見つめた。少し歩き出し、一点を見つめ続ける鍋島を横目で見ながら、鍋島に語り掛けた。

「もう、あなたの目的を話してもいいのではないですか?」

鍋島は、一点を見つめていたが、我に返ったかのように、姿勢を正し、静かに話をはじめた。

「矢部家と血縁であることが分かったのは、私が看護師をしているときでした。私は、母を早く楽にさせようと、すぐに働ける安定した職業を選んだから他ありません。縁とは妙なもので、最初に配属された先の担当した入院患者のひとりが、三男の憲一さんということは、今から考えると悲劇の始まりだったかもしれません。」

鍋島は立ち上がり、綾君と反対側を歩きながら話をすすめた。

「憲一さんはとても心の綺麗な方で、日々看護をしながら仲良くなり、話していくうちに、矢部家の存在を知り、父の銀次郎が博物館を建設して、一般に公開していることを話してくれて、私は休みの日に、はじめて博物館を見に行ったのです。」

背を向けていた鍋島は、綾君の方に振り返り、机に置かれている写真を見ながら話しを続けた。

「そこで見たものは、あなたがそこに置いてある写真に、私も気づきました。ただ、私が知った直接的な理由は、母が持っていた祖母だという写真を見ていたことです。私の祖母であるさやさんは、私の母に対してかなり親身に相談に乗り、よくして頂いたと言っておりました。」

鍋島は軽く微笑みを浮かべながら、ゆっくりと綾君の方に歩き出し、話しはじめた。

「私の父となる順次郎という男は、女を道具としてしかみていない冷酷な男で、母も多くの女性の中の遊ばれた一人にしか過ぎませんでした。そんな母が妊娠したとき、結婚を約束しましたが、あの男は他の女性に心を奪われ、邪魔になった母に手切れ金を渡すことを条件に、お腹にいる子供を生まないことを迫りました。」

鍋島は、再びソファーに座り、足を組み、鞄に入れていたミニボトルを取り出し、一息付くように、軽く喉を潤した。

「私は母からすべての事実を聞き、看護師を辞め、大学に行き直し、矢部財団に入るために、学芸員になることに決めました。矢部家に怪しまれずに調べるのにはうってつけの職業ですし、矢部家に関わるほとんどの情報を掴むことが可能となりました。まあ、邪魔な人は多かったですけど、亡くなるのはずっと早かったと思います。」

 

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綾君は、鍋島の斜め横からじっと顔を見つめ、彼女に確信を突く証明をはじめた。

「あなたの目的は、最終的にはお金が目的となった。矢部財団の遺産はかなりの額に上ると聞きますし、矢部家の正統な跡取りは、もうすでに三男の憲一さんしか残っていません。あなたはじっと待ち続け、時期が来たら正統な矢部家の末裔として名乗りを上げる予定だった。」

鍋島は、軽く手をたたき、微笑みを浮かべ、綾君の方をみて賛辞を述べた。

「そうよ。すべてそのとおり。私には遺産を受け取る権利がある。すでに憲一さんと血縁という事も、DNA鑑定で証明されているわ。」

綾君は、鍋島と目を合わせず、左横の一点を見つめながら、さらに証明を続けた。

「これは推測ですが、今回の依頼は、本物を証明することで、清水官兵衛三代目に、この案件で弱みを握られ、将来起こるかもしれない問題を潰してしまう意図があったのですね。もうひとつの懐中時計が見つかったとき、初代は夫人であるさやさんに裏切られ、長く贋作を持ち続けるという清水家の恥部が、公になることを三代目が許すはずはないと。つまりこの件は、結果的に闇に葬られると。」

鍋島は、軽く笑いだし、綾君の方をみて微笑みながら伝えた。

「フフ…面白いわね。それは考え過ぎよ。だって私が依頼したときは、清水さんが、贋作を保有していることを知らなかったのだから。私の目的はあくまでお金なの。」

綾君は、続けて鍋島に疑問をぶつけた。

「あなたの人生では、多くの関係者の方が亡くなっていますが、あなたはこれからもそのような人生を送っていくのですか?」
「そう。私の周りではよく人が亡くなる。ただ、私がどうかしたとか証拠は何もないわ。」

鍋島は、ゆっくりと清水の方に近づき、静かに語りかけた。

「これでもう、あなたと会う事もないわね。二度と矢部家に近づかないで下さい。」

清水は、静かに立ち上がり、私と綾君に軽く会釈をし、足早に夢咲堂より出ていった。

「佐伯さんと綾さん。今日は楽しかったわ。」

鍋島は、ゆっくりと歩きだし、振り向きもせずに、夢咲堂を出ていった。ショーウインドウ越しに、夜のネオンで映し出された傘もささない彼女の姿がしばらく見えていたが、激しさを増す雨の中に包まれながら、彼女は闇に消えていった。

エピローグ~消えた奈央子とその後 、あとがき~実際に遭遇した作者の事件簿 に続く※

※エピローグ並びにあとがきは、電子書籍版 (有料) で掲載されます。
※掲載している小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
※掲載している小説の著作権は作者にあります。
※作者以外による小説の引用を超える無断転載は禁止です。行った場合、著作権法違反となります。
※Reference images in this article are Pixabay.



About PG編集:道長

食べる事と寝る事に一生懸命な旅人。 世界は感染症や戦争で混沌としておりますが、平和になったら平和な国を旅をしたいと準備しております。 先代の管理者様より、サイト管理・記事制作を委任しております。 ※現在は写真提供をして頂いております。

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