本当の意味での「小さくても勝てます」とは
【 小さくても勝てます 】は、西新宿に実在する理容室が、行列店に変わった実話に基づく物語である。 理容室「ザンギリ」二代目、主人公の大平店長は、閑古鳥の鳴いている「ザンギリ」を繁盛店にしたいと考えていた。
関西弁を駆使する元経営コンサルタントで、映画監督 (自称) の 役仁立三 という男が客として現れ、大平店長は、彼の指導により、繁盛店にするための「10の理論戦略」「15のサービス戦略」をアドバイスを受け実践していくというもの。
本書のコンセプトである「小さな組織に必要なのは、お金やなくて考え方なんや」 と唱えているわけだが、そのとおりであろう。
そんな本書で「なるほど。参考になった部分」や「全体を通して内容の感想」などを簡単にではあるが記しておきたい。以下は、目次並びに内容紹介である。
【目次/内容紹介】
第 1 章 戦略的発想で志を追いかける
第 2 章 ビジネスを理解すればチャンスが見える
第 3 章 手順を考え、数字で表現する
第 4 章 自分らしさを発揮できる局面で戦う
第 5 章 情報の発信で追い風をつくる
第 6 章 ビジョンを共有し、ブランドで約束する
第 7 章 新しさを取り入れながら、変わり続ける
理容室「ザンギリ」二代目のオレは、理容組合のコンペでグランドチャンピオンになるほどの腕前を持っているが、店では閑古鳥が鳴いている。さらに、「10分1000円」の低料金の店の台頭や若者の美容室への移行で、理容業界全体が青息吐息の状態。理容師の数も激減し、昔ながらの理容室は次々と姿を消している。そんな状況ではあるが、幼い頃から理容を愛してやまないオレは、なんとか「ザンギリ」を繁盛する理容室にしたい。だけど、何をどうすればいいのかわからない。将来への不安に押しつぶされそうになっているそんなオレの前に、ある日、関西弁でまくしたてる元経営コンサルタントで自称映画監督の役仁立三という男が客として現れる。そこでオレは、自分の悩みを打ち明けたうえで、調髪料を無料にする代わりに、理容室を繁盛させるためのアドバイスを頼んだ。ところが、来店するたびに立三が指示する内容は、業界の常識を覆すような非常識なものばかりで。西新宿に実在する理容店を舞台に、経営コンサルタントと理容師が「行列のできる理容室」を作り上げる軌跡を描いた実話に基づくストーリー。「小さな組織に必要なのは、お金やなくて考え方なんや! 」と唱える経営コンサルタントが、スモールビジネスを成功させ、一般ビジネスパーソンが一発逆転するための「10の理論戦略」「15のサービス戦略」をアドバイス。
全体的な戦略は物語を絡めたコンサルタントが出来るメニューの紹介
比較的、戦略論の書籍を読んでいる人にとっては、もはや知り尽くされた内容であるが、経営や経済を学びたい初心者の方やそれほど興味はないが平易で分かりやすい書籍を読みたいという方向けのために本書の大半の内容を割いている。
物語については、店長の成長物語を通じて、戦略を実践していくことを応援できるかどうか、入り込むことができるかかどうかで、本書の面白さは変わってくる。
同業者であれば、細かい描写まで想像することは可能であろうが、平易で分かりやすく描かれているわりに、藁をもすがる思いで本書を手に取った人が求める本当の答えは巧妙に描かれていないというということが感じられる。
全体的に言えることは、コンサルタントによる支援メニューの紹介、クライアントの事例、クライアントはこう努力しなさいと、ある種の説得が心地よいと感じる人にとっては本書は良いと思う。
個人的には、上から目線で指導を仰ぐのは、あまり気持ちの良いものではないと考えていて、コンサルタントに技術を教える仕事をしていた関係もあり、関西弁でまくしたてられるのも、ちょっと入っていけなかった。
約 20 年以上、関西地方で働いていたが、老若男女問わず、いまどき本書で書かれているような「コテコテの関西弁」を使う人はもういないので、うさん臭さと時代錯誤の感性をしていると感じたからだ。
以下、本書で掲載されている戦略や初めて聞く用語など参考になったキーワードなどを抜粋しておきたい。
【 フレッシュアイズ 】
英語で「新鮮な視点で見る」という意味の表現。見慣れすぎると誰しも改善すべき点などに気づきにくいので、見慣れていない人を活用する時に使う。
【 デビルズ・アドボケイト 】
議論を盛り上げ、活発にするために、相手相手に反論する討論の手法。相手を非難するために反論するのではなく、あくまでも、 真の解を導き出すことを目的に、否定的な側面から議論を深めていくもの。
【 5 つの力分析 】
収益性に影響を与える要因を分析する手法の一つ。「業界内の競合」「買い手の交渉力」「売り手の交渉力」「代替品の脅威」「新規参入の脅威」の視点から、それぞれがどのように業界の競争に影響を与えるかを考察し、業界の競争状況を分析するためのチャートを用いる。
【 付加価値連鎖分析/バリューチェーン 】
原材料の調達から製品・サービスが顧客に届くまでの企業活動を、一連の価値 (バリュー) の連鎖 (チェーン) として捉える分析手法。
【 オペレーションズ・リサーチ 】
新しくビジネスを始めるときや現在実行中のビジネスを改善する際に、 数学的・ 統計的モデルやアルゴリズムの利用などにより、最も効率的になるように決定する科学的技法。
【 損益分岐点 】
赤字を出さずにやっていける販売数量。
【 臨界質量/クリティカルマス 】
本来は、放射性物質が連鎖的に核分裂反応を起こすために必要な質量。ビジネス用語では、ある商品やサービスが一気に広がる普及率の分岐点。
【 経験曲線 】
製品の生産量の増加に伴って単位あたりの総コストが低下していくことを示した曲線。一般に累積生産量が2倍になると単位コストが 20~30 %減少する関係にある。
【 選択と集中 】
自社が得意とする事業分野を明確にして、不得意分野を切り捨て、得意分野に経営資源を集中投下する戦略。1980年代、 ジャック・ウェルチが率いるGEは、 この戦略に基づいて資源の再配分を行うことで業績を飛躍的に向上させた。
【 プッシュ戦略 】
生産者が、卸売業者や小売業者を通じて、消費者に積極的に取り組んでいく販売戦略。
【 プル戦略 】
生産者が、広告などの消費者向けプロモーションによって消費者の購買意欲を喚起し、販売店やインターネットサイトなどに誘動する販売戦略。
【 マークアップ・プライシング 】
原価志向の価格設定手法のひとつで、商品やサービスなどの価格を、 仕入原価に一定率の利益を上乗せ (マークアップ) して算出する価格設定法。相手の弱みを知る医師、弁護士、会計士、 経営コンサルタントなどのプロフェッショナルは、客の弱みと懐具合を見て値付けすることを避け、あえてマークアップ・プライシングを採用することが多い。
【 コンペティティブ・プライシング 】
競合他社の製品価格との比較で決める競争志向の価格設定法。
【 バリュー・ベースド・プライシング 】
製品の「価値」を推定し、価値に見合った値付けをする価格設定法。
【 確率戦 】
「ランチェスター戦略」の一つで、ロケットなどの近代兵器を用いた物量戦のこと。企業の場合は大量の広告出稿など大規模な資源の投下を行うので、大きな企業に向いていると言われる。
【 スリーヒットセオリー 】
「広告の露出は3回目で消費者に有効な効果を出す」とする理論。1回目の接触で「これは何だろう?」と注意を引き、2回目で「何について言っているんだろう?」と興味を喚起し、3回目で「ああ、知っている」と行動に結びつく、と言われている。
【 創造技法 】
創造的問題解決の技法のことで、ブレインストーミングのような「自由発想法」や、少数の精鋭を提示して関係づけを求める「強制連想法」など、400種類ほどあると言われる。
【 ディシプリン 】
フランスの哲学者 ミシェル・フーコー が、18世紀のヨーロッパで成立した権力のテクノロジーの本質的要素を示すために用いた言葉。「規律」「訓練」「専門分野」「学問分野」などと訳される。
【 ロジックツリー 】
課題や問題が起こった時に、どのような道筋で解決するのが適切なのか、を 導き出すフレームワーク。基本的に5階層以上掘り下げると、より良い分析が可能になると言われる。
【 MECE ミーシー 】
Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive の頭文字を取ったもので、「互いにモレがなく、全体的にダブりがない」ことを認識するロジカルシンキングの基本。「どういう視点で分けるのか」「どういう切り口で分けるのか」が ポイントとなる。
【 キャズム 】
革新的商品やサービスが市場でシェアを拡大する過程で、容易に越えがたい「溝」 があるとする理論。その溝を超えるには提携などが重要で、本文では、ホールプロダクト、ボーリングレーンの戦略概念も取り入れて説明している。
【 ホールプロダクト戦略 】
企業が、顧客が求める製品全体を構成できず、 部分だけを提供することはしばしばある。その際、 他社と提携して、足りない部分を他社製品で補うことで、「社会はその方向に動いている」という顧客の安心感の獲得を目指す戦略。
【 ボウリングレーン戦略 】
ボーリングの1番ピンを倒すと、他のピンが次々と倒れることに例えた戦略。市場を細分化し、まず一番ピンに相当する市場を攻略してから、その勢いで隣の市場を攻略し、顧客の不安の払拭や信頼の獲得を目指す。
【 サルベージバリュー 】
訳語は、残存価値・価格。例えば、10万円で購入したパソコンを数年後に下取りしてもらった時の価格2万円に当たる。クルマのリース契約でも、車両価格から利用期間後の 残存価格を引いた金額を設定する、その期間分の代金だけを支払うシステムになっている。
【 バリュー・プロポジション 】
顧客に製品やサービスをマーケティングする際に、わかりやすく提示する価値のこと。
【 エバンジェリスト 】
最新テクノロジーをユーザーに向けて分かりやすく解説し、啓蒙を図るのが主な仕事。外資系 IT 企業で、講演やセミナーでプレゼンやデモンストレーションを行う役職としても存在する。
【 オーケストレーター 】
独立した企業があなたのバリューチェーンを構築・運営し、全体の価値を高める方法。例えば、パソコン販売のデルは、受注生産方式を採用し、部品メーカーの組織化や業務のアウトソーシングなどで効率的なシステムを構築している。
【 定量調査、定性調査 】
マーケティング調査には、人数や割合など明確な数値や量による「定量データ」で情報を把握する電話調査などの「定量調査」と、ディスカッションしたりインタビューしたりすることで新しい理解やヒントにつながる「質的データ」を得る「定性調査」がある。
細かな数字など難が見られるが平易な経済小説と思えば最良の書籍
本書に紹介されている「10の理論戦略」や「15のサービス戦略」については、なるほど著者自身が体得してきた成果なのだなと感心する。
ただ、本書あとがきを通じて「いつか経済学、経営学の知識を織り込んだエンタテインメントを書きたい」という夢を持っているというので、ビジネス書として見るには少し違ったモノとなっている。
本書に関しては、その夢の実現のための書籍という感があり、ゆくゆくは映画やドラマ化などを考えているようである。
本書と似たケースでは「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」に似たところがあり、そのパターンを踏襲するのであれば、面白い展開が予想される。
ただ「もしドラ」は、著者の 岩崎夏海 氏自身のアイドル系の組織との関わりや 秋元康 氏との関係、テレビ番組の制作への関わり、自身の岩崎書店の経営者としての顔など、映画やアニメなどエンタメを行う有利な条件を整えていったことを忘れてはならないだろう。
また本書を通じて、映画やドラマやアニメを観たいかと言えば、少し難があるだろう。上記「もしドラ」は、アイドル系が好きなユーザーに向けた分かりやすい物語である。
経済や経営についての知識を持ち込んだエンターテイメントであれば、個人的に大好きな「池井戸潤」さんや本書のようにビジネスマンが主な客としているのであれば「高杉良」さんなどが抜群に面白い。
経営を絡めた人間ドラマでいえば「松本清張」さんや「山崎豊子」さんなどは特に面白く、時代を経ても、繰り返し観たいと思うが、本書は一度読めば十分であり、手軽に読める平易な経済小説と思えば最良の書籍であり、オススメできる。
本書で取り上げている業界は厳しいようだが、理容室に行かなくなったのは、サービスの質もそうだが、全体的に華がないからだ。
わざわざ高いカネを出して、不愛想な男に事務作業のように行われる行為があまり好ましく思わなかった。
現在私は、美容室を使っているが、会社の近くに理容室がなく、あっても古臭く前時代的な店ばかりで、わざわざ出かけて行って、髪を切切りたいかと言うと、そこまでの魅力に欠けるのである。
どうせなら内装が洗練され、綺麗で清潔な設備で、女性が多くいるお店で、サービスを受けたいと思うのは、男なら誰しも思うところがあるだろう。私の担当者は男性であるが。
本書を通じて、個人的にもっとも収穫だと思ったのは、理容室「ザンギリ」を広く紹介している点である。
実際に店舗に行ったことはないが、男性向けの理容室で、「ザンギリ」のような客の立場に立った充実したサービスを受けたことがないからだ。
現在の美容室の大半が、予約制を導入しているが、あれは私たち顧客に合わせたサービスではなく、自分たちの都合で客を決めている悪いサービスの代表みたいである。
歯医者や内科などが、同じく予約制を導入しているが、受けたいときに受けることが出来ないのは、共通した点であり、当たり前のように実施されているが、受ける側は我慢し続けている。
という意味で言うと、予約無しに気軽にいつでも行けるのは、大きなメリットであり、様々なサービスを用意し、顧客満足を第一と考える理容室「ザンギリ」のようなお店が全国に広がることを願いたい。
私の家系でも家業があったが、約 70 年ほど続いたが、親の代で廃業した次第なので、大平店長には、家業の切り盛りは大変であろうが、何代も続く老舗となってほしい。
スタッフについても、若く才能と個性を兼ね備えた優秀な人々に支えられているようなので、非常に羨ましく微笑ましい。出張で近くに寄った場合に、一度サービスを受けたいと考えている。
■ 小さくても勝てます【 Amazon 】
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