オメガの選択:流通ネットワークの再構築とブランド再生 3つの正統性
今回は、スウォッチ・グループの稼ぎ頭であり、中核的ブランドであるオメガについて簡単にではあるが記しておきたい。
個人的に、スウォッチ・グループ については、昔から知りたい事が多くあり、それを詳しく論じた書籍を探していた。
ラグジュアリーブランドの研究の第一人者である長沢伸也氏が監修及び訳を担当している「機械式時計」という名のラグジュアリー戦略 を参考にしながら、自分なりにまとめておきたいと考え記事とした。
詳しい内容を知りたい方は本書を手に取って頂きたい。
過去オメガは、大量生産、大量販売という一度は安売りブランドへと自らの手ですすめてきた。
そんな中スウォッチ・グループ入りを果たし、脱低価格化を打ち出し「手に届くラグジュアリー」として再配置戦略のメインブランドとして選ばれることになる。
ブランドの再生は、現在のオメガの基盤となる機能・歴史・魅惑の3つの正統性の強化に基づいているという。
オメガは大量生産、大量販売を目指す戦略を選択した事で、過去10年に色あせてしまった卓越した技術力に対するイメージの強化することからはじめた。
ブランド再生の 3 つの正統性は、以下に挙げていく方法で展開されていく。
1. 機能・技術面での挑戦の姿勢を打ち出しブランドイメージを作り出す
何よりも最初に手がける戦略は、技術的品質を公認してもらうことで、その卓越した技術力を全面に打ち出す事である。
時計の技術的品質を公認するスイス公式クロノメーター検査協会発行のクロノメーター規格認定証は、長年実施されてきた戦略的変化を明確に反映する流れをつくる。
つまり、一度低迷していたオメガは、ロレックスの牙城であり独占状態となっていた高品質クロノメーター区分に切り込みを入れた。
ロレックスと並ぶスイスの主要クロノメーター製造企業として、改めて再配置戦略をすすめ、長期的に実践した事で、ブランドの持つ技術的な正統性を回復させる狙いを強化し「再高級」へと変貌して行くことになる。
トゥールビヨンモデルのリニューアル「コーアクシャル」を装備した新しいムーブメントの発表は、こうした戦略の一環である。
80年代後半にスウォッチ・グループ全体のムーブメント生産が ETA に集中してから初めてブランド固有のムーブメントが開発された事を示す。
オメガを高級市場に再配置する為には、機能が優れているイメージを強化する必要がある。従来のマーケティングの視点から生産合理化の例外をつくる事で、消費者との摩擦を減らし、ムーブメントの耐久性を向上させた。
新しいエスケープメント の微妙な機能を理解させる為、従来の製品ではなく、オメガが技術革新に挑み続けるブランドであることを記憶にとどめさせる事なのである。
また、技術面に関わるマーケティングの革新は、08年、スウォッチ・グループは子会社であるスイスタイミングを通じて、オメガをオリンピックの顔に復活させる。
当初は、スウォッチ・ブランドをオリンピックに関連するコミュニケーションに利用していたが、オメガの公式クロノメーターを担ってきた観点から、歴史的な連続性を示す機会を利用する。
政治的に絶妙な駆け引きで、公式戦略が回り出すと、旗艦店でオリンピック大会のリストなどを壁に展示し、共同の取り組みを自らの手柄としてブランドイメージを向上させる戦略を展開する。
この公式戦略効果は、イメージ向上に大きな役割を果たす事になる。公式に選ばれてから、オリンピックでも「オメガのトレードマーク」が頻繁にメディアに映し出された。
2. 歴史的正統性を強化し、伝統に裏付けされた技術力の高さで高級を正統化する
ブランドのコミュニケーションの方針は、長年にわたるイノベーションの伝統と技術力を強調するように設定されている。
基本的な戦略の定義は「歴史はブランドに深みを、モノに永遠性を与える」というものである。ラグジュアリーマーケティングの典型例の優れた戦略的コンセプトである。
98年、創立 150 周年を迎えた年ブランドの歴史的ルーツを祝うのに絶好のタイミングを得る。「オメガサーガ」の出版は、スポーツ分野でのクロノメーターの発展、コンテストの受賞、月面着陸のパートナーとなった事の歴史的偉業が強調されている。
2冊目の書籍「時を越えた旅」は、07年に出版を果たし、その後「歴史を味方につけた」突出したイベント「オメガマニア」オークションを開催。
この取り組みは、モダンとヴィンテージの時計を扱う世界一のオークションであり、主催者のアンティコルムがジュネーブで行った。
「オメガマニア」オークションは、そのブランドを認知を高める上で大きな影響力を発揮し、同ブランドの歴史的価値と優秀さを知らしめる役割を果たしている。
また、08年には、オメガ・ヴィンテージショップの出店を果たし、ヴィンテージモデルしか販売しない手法を取ることで、歴史的正統性があるブランドしか成せないという事がさらに強調された。
また、10年以降には、オメガ・アーカイブから、自分が所有するモデルの製造された状況に関する情報を抜粋することもできるようになったのも大きい。
3. ブランド大使を立て、魅惑を打ち出す事で知名度と憧れを醸成する
3つめの戦略が「ミューズ・ブランド大使の選定」である。90年代半ばまでに、ブランド広告やコミュニケーションでまずは製品を示し、技術的品質とその裏づけ、歴史的正統性を全面に打ち出してきた。
日本の企業でも、集客や広告テクニックに頼り、派手さを装い、広告塔であるブランド大使を立てるメーカーがある。大体において、この手法があまり上手く行かない。
なぜなら、製品自体の技術的かつ顧客が求めるその効果において、高品質という理解の浸透が上手く行かないからである。
また、顧客が求めている「その価格と品質レベル」がマッチしていないことが要因として挙げられる。
オメガの場合、前者の理解は上手く得られていたので、ブランド大使を立てる事で、成果を出すのは比較的たやすいことだった。
スーパーモデルのシンディ・クロフォードが初のブランド大使に起用され、以降、オメガは複数のハリウッドスターやトップアスリート、冒険家をブランド大使に起用していく。
印象が決定的となったのは、95年に起用されたジェームズ・ボンドこそが、オメガがラグジュアリーとして、世界的に認知された象徴とされたのである。現在のリセール市場で、最も高額な取引がなされるのは、このボンドモデルが主である。
流通システム改革と現代化、旗艦店を増やし安売店舗を大幅に削減、アジアでシェアを伸ばす
上記 3つに加え、新しいブランドマーケティング戦略は、販売ネットワークの密度を高めることではなく、流通システムの改革によるものである。
「普通の」ブランドが高級市場へ移行して「手の届くラグジュアリー」となるには、同時に新しいイメージに合った流通システムをつくり上げる必要に迫られたわけである。
オメガは、2000年初めまでに、大きな販売ネットワークを持っていたが、2000年半ばまでにこれを完全に再構築していく。
4,800 店あった販売店を 3,000 店までに減らし、ドイツ・日本・イギリスでは、20~30 %の店舗の削減が行われた。
目的は、オメガブランドが期待する知名度をもたらしていない店舗が削減の対象であり、同時にラグジュアリーなブランドイメージを打ち出す店舗は大幅に増やされた。
オメガブランドは、スウォッチ・グループの中でも旗艦店システムの恩恵を受けた主力ブランドである。オメガの旗艦店の大半が、中国にあり、マカオ・香港にも出店されている。
この当時のブランド戦略としては、消費が旺盛な中国の攻略にオメガブランドが使われたカタチとなったわけである。
爆買い消費が旺盛に行われた少し前、日本での人気の大半が、中国人が日本国内で購入して本国へ持ち帰る場合が多かった。
最近のブランドでも、日本での売り上げが多いからと言って、必ずしも日本人が購入しているとは言い難いが、オメガに関しては、アジアでのラグジュアリー・ブランドイメージ戦略は、ある程度成功している。
ニコラス・G・ハイエックはこう語る「一等地にある旗艦店は、その店舗自体がブランドの広告をしている」という。
ブランド旗艦店では、ブランド大使が出席する上流階級を招いたイベントの会場とする戦略はいまや定番である。
ラグジュアリーブランド企業は、コーアクシャアル・ムーブメントが動くメカニズムを説明したビデオを通し、ブランドの持つ卓越した技術力を紹介する消費者教育とともに、ブランドのストーリーテリングの一部として、集客とメディア向けに巧みに利用されるのである。
オメガブランドの高級化戦略がラグジュアリーウォッチ・ブランドの手本となる
オメガから学べる事は、すべての高級時計ブランドにおける高級化の基本戦略と読める。つまり、最初の3つの正統性が、90年代半ばに行われたオメガの再配置戦略がそれにあたる。
これによってオメガは、世界的に知られた高級時計ブランドに返り咲いたのである。かつてのライバル、ロレックスと同じ土俵に戻ってくることが可能となった。
同じような価格帯のロレックスは、数十年に渡りオメガが主張する3つの正統性 (技術・歴史・魅惑) をコミュニケーションの基本としている。
また、販売網をいたずらに増やす事を主眼とせずに、普通のブランドイメージをつくる店舗を大量に削減し、高級のブランドイメージをつくる旗艦店を大幅に増やす事で、ブランドの格上げを狙っている。
大半の時計を扱うラグジュアリーブランドは、オメガが行ったブランド戦略の基本を同じように踏襲する事で、高級ブランドへと変貌を遂げてきている。安売りブランドからの脱却を目指す場合は、基本戦略は必ず実践されている。
技術力に定評のあるブランドであれば、ターゲットとなる市場での高級ブランドイメージを醸成していく方が、長期的に見て、持続的成長可能なブランドへと進化する事が出来る。
ただ、現在の位置では、この戦略以外にもう一段階、新市場へのブランド戦略の知恵を出し実践する事が重要となる。
それを実践できるブランドが、新しい高級ブランドをつくる事が出来るようになるが、どのブランドが新しい市場の圧倒的な知名度とシェアを獲得できるか、今後に期待したいと思う。
また本書「機械式時計」という名のラグジュアリー戦略 では、次の時代を切り開く新しいブランドが出現する前に、その候補となり得るブランドの叡智をスウォッチ・グループを通じて、分かりやすく理解できる優れた良書なのである。