自分で選んだはずのすべてブランドが、ひとつのグループにお金が落ちる戦略
今回は、スウォッチ・グループについて、いくつかのカテゴリーに分けて取り上げていきたいと思う。スウォッチ・グループ は、企業として今や腕時計ブランドのコングロマリット となり、世界的に展開している巨大グループである。
ハイ・レンジからベーシック・レンジまでのブランドの再配置戦略を遂行する為の考察と書評などを簡単にではあるが記しておきたい。
プレステージ・ラグジュアリーレンジを作り上げ、ヒエラルキーつくりながら、ターゲットとなる顧客層に合わせ、目的のブランドを成長させる戦略が、スウォッチ・グループの主な狙いである。
スウォッチ・グループの再配置戦略は「高級ラグジュアリー」と「手の届くラグジュアリー」あるいは「新しいラグジュアリー」との差別化を強化するものだった。
買収を通じて見えてくる プレステージ・ラグジュアリー構築戦略 を前回取り上げたが、ハイレンジを買収する事で、スケールメリットの活かしたグループ経営が可能になったのである。
同グループについては、昔から知りたい事が多くあり、それを詳しく論じた書籍を探していたが、ブランドの研究の第一人者である長沢伸也氏が監修及び訳を担当している「機械式時計」という名のラグジュアリー戦略 を参考とした。
自分なりにまとめておきたいと考え記事とした。ぜひ詳しい内容を知りたい方は本書を手に取って頂きたい。
バラバラで低迷していた古いブランドをグループで再生させる手法
グループに属するブランドは、連結売上高で見えてくるのであるが、オメガを筆頭とする手の届くラグジュアリー・ブランドを成長させる狙いがあるという。
もちろんいくつかの高級ラグジュアリー・ブランドは、06年にブレゲで推定で23%、ブランパンが20%と高い利益率を達成しているが、これらが占める売上の割合はわずかである。
ヘルヴェアによると、このようなブランドが、06年のグループ売上高に占める割合は、12.6%に過ぎなかった。
ただ、こうしたブランドでも、グローバルに組織化された流通の力を使えば、成長の可能性を引き上げる事が可能になったのである。
主な利益は間接的なものであり、グループ内の他のブランドに好意的なイメージをもたらした。
手に届かないプレステージ・ラグジュアリーレンジがあるおかげで、下のレンジの再配置が、こうして容易になったのである。
手の届くラグジュアリー・ブランド”オメガ”に大きく依存したグループ経営
大きな収益を上げたブランドは、手の届くラグジュアリーのセグメントに属するブランドであり、その筆頭であるオメガの売上は、06年には時計の総売上の 3 分の 1 を超えている。(33.9%)
オメガは約 3 割以上も超えており、その他 ロンジン(9.7%)、ラドー(9.3%) も無視できない存在である。増え続けるラグジュアリー販売店に置くトゥールビヨン を見せることで、高級ラグジュアリーと手の届くラグジュアリーとの関係をよく物語っている。
これらの販売店では、あらゆる種類の高級ラグジュアリー・ブランドが揃うが、オメガやスウォッチも同じように並べられ、イメージ向上の恩恵を被っている。
他のブランドよりも、大きな陳列スペースが「オメガ」に割り当てられている。
消費者は、トゥールビヨンなどの最高級時計を夢見るものの、結局は手の届く価格帯で売られている「オメガ」を買って帰るように設計されているのである。
個人的にも思うツボで、オメガに落ち着きこの戦略にハマってしまった。
中価格セグメントへの挑戦とファッション時計への参入
中価格帯セグメントとしては、売上は他より少なかったが、継続されている。ティソは、06年にはグループ3番目のブランドさえなっている。
さらに、スウォッチ・グループは他のブランドと組み、安価なファッション時計への参入を試みる。そのパートナーブランドとなったのは、カルバン・クラインであり、安価に卸すファッションブランドとしては最適なブランドである。
スウォッチ・グループの狙いは、子会社の ETA に新たな販路を確保する事であり、87年に始まるピエール・バルマンなどのファッション部門への参入戦略で、グループがこれまで手薄だったセグメント戦略の多様化が含まれている。
これは高級レンジばかり売っていても、大きく売上は伸びないからである。同グループは、カルバン・クラインと組み、スイスのビールで合弁会社を立ち上げた。
まず、2つのライン「カルバン・クライン」の高価格な高級ラインと、若年層に向けた低価格の「ck」ラインを市場に投入。「ck」の方が成功を収めた。
この事業は、スウォッチ・グループにとって、ファッション時計の市場への足掛かりを作った成功モデルとなった。
スウォッチ・グループのポートフォリオには常に中価格帯レンジが含まれる
その後、スウォッチ・グループは、97年、ck立ち上げと同時に、中国市場において、ランコブランド の再生を試みたが、この試みは失敗に終わっている。
ただここで分かるように、中価格帯セグメントに対する関心を常に持っているという事である。
中価格帯のセグメントは、日本勢のセイコー・シチズン・カシオも関心を向けた分野で競争は激しいのであるが、生産コストの優れた管理能力が欠かせず、他の高級ブランドでは低価格ラインを作る事が困難である。
一方スウォッチ・グループが、この分野で競争力を発揮する理由が、かなりの部分でこの点で説明できるという。
中価格帯のセグメントへの挑戦は多く、以下のように様々なブランドを通じて行われている。
- ティソのタッチスクリーン式電子時計
- スウォッチの 1 本のネジで回転する新しいタイプの自動手巻時計
など新しい挑戦をグループ・ブランドで実施しているが、現在でも様々な挑戦を続けており、各ブランドで時代に応じた挑戦を並行して進められている。
また自社のグローバルな生産システムを駆使する事で、市場全体での存在感とブランドイメージの維持につとめている。
05年には、当時活況であったライセンス生産事業に手を広げる事で数を売る戦略を実行する。
アジアの生産拠点を活用し、低価格のファッション時計の需要に応える為に、プライベート・レーベルに特化したエテルナを通じて行われた。
また、ファッション・スポーツ業界への提携も行われ、以下のようにブランドの強化を図っている。
- スペインのファッション小売業マンゴ
- 米国のシューズ専門店ティンバーランド
- 日本のスポーツウェアとシューズを専門とするアシックス
スウォッチ・グループのポートフォリオには、常に中価格帯レンジが含まれる事である。これは他のスイス時計高級ブランドのグループには見られない現象である。
それこそが、スウォッチ・グループの強みを活かしたグループ経営を行う原動力となっている。
プレステージ・ラグジュアリーレンジを作ることで下位ブランドを売る戦略
上記写真は、1988年、自伝をもとにした映画「 グラン・ブルー 」で一躍有名になったフランスのフリーダイバー「ジャック・マイヨール」が開発を依頼していたモデルである。
ジャック・マイヨールが、76年11月23日、エルバ島にて人類史上初の素潜り「100メートル」を超えの自己ベストの記録を樹立した際に、使用していた時計が、オメガシーマスターである。
その後、ジャック・マイヨールが生前、一目で潜水時間が把握できる視認性の高いカウンター付きモデルの開発を依頼していた事により、市場に投入されたのが、この「オメガ アプネア ジャックマイヨール」である。
同モデルは前回「【OMEGA:オメガ Ω シーマスター アプネア ジャック・マイヨール はバカンスを楽しむマリンスポーツで真価を発揮する優れたモデル】」で紹介したがなかなか良いモデルである。
今考えると、スウォッチ・グループ戦略の術中にハマった見事なモデルだったと思っている。伝説的な物語をバックグラウンドとして、モデルの背景を創作し、ブランドの価値を引き上げる秀逸な戦略。
オメガは、長く低迷していたブランドであり、スウォッチ・グループの中で最も再生に成功したブランドなのである。
それにおける戦略は、買収によりフルラインブランド体制を自ら作り上げ、ヒエラルキーに沿った再配置戦略を取りながら、価格帯別のブランドを用意することで、顧客の取りこぼしを無くす戦略である。
中間から手に届きやすいラグジュアリー (オメガ) を集中的に売り上げる手法は、驚異的な顧客増を招き、同グループの成長を加速させたのである。
同グループ構造と戦略から見ていかなければ、一見別々のブランドを選んだと思ったら、すべて同グループにお金が落ちる仕組みとなっていること自体を気づかなかったであろう。
今回の「機械式時計」という名のラグジュアリー戦略 というのは、そのことを気づかせてくれた優れた良書である。