ランド・スウィンガーシリーズの成功と”SX-70″の市場投入
今回は、カメラ市場に一石を投じ、新しい市場を創造したポラロイドについて簡単にではあるが、記しておきたい。
ポラロイドカメラは、いくつかの実験的なシリーズを経て、徐々にではあるが、完成に近づいていく。ポラロイドは、エドウィン・ランド博士によって発明され、48年に最初のモデル「モデル 95」により商業化された。
それからしばらくは、日の目をみることがなく、本格的に注目を浴びるのは、60年代になってからである。
初期の低価格シリーズである「ポラロイド・ランド・スウィンガー」は、65年に米国で実験的に市場投入され、66年に一般に販売された。
19.95ドルという当時でも低価格 (50ドルを切る) であり、若年層に支持を広げ、ポラロイドを一気に普及させるほどの人気モデルとなる。
製造開始の 3 年間で、約 700万台が売れている。大ヒットモデルとなったのである。
ポラロイド・ランド・スウィンガーシリーズの成功は、72年に市場に登場する「ポラロイド SX-70」について ランド博士は、48年の初代「モデル 95」の時のように、市場に革命的な製品を出す必要があると考えていたようである。
SX-70は、一瞬で写真が出来上がるという、ランド博士が、常に製造したいと思っていたカメラであった。
博士が思い描いているのは、スリムなポケットサイズカメラで、ユーザーはピントを合わせるだけで、他に手を加えないでも仕上がったカラー写真が得られるものである。
このモデルは、既存のポラロイド技術に基づくものではあったが、あらゆる面で専用に開発が行われた。
- レフレックスファインダーの新光学系
- 超音波式オートフォーカス機能
- 自動露出とオートフォーカス機能
- モデル専用電池
- フィルムパック10枚の撮影可能
- カメラ排出、日光下で目の前で像を浮かび上がらせる
その中でも、フィルムパック自体に、新たな化学物質と現像を制御する方法が必要となり、これが一因となり、カメラとフィルム技術の開発費は莫大となる。
今回は、昔購入し何度か使用して、何十年も保有していたが、未だにこんな高値で買取が可能であったとは思わなかったポラロイドSX-70についての商品の経緯と戦略、現在の買取査定額について、簡単にではあるが、記しておきたい。
また、記録するにあたって参考資料となったのは【参照:50の名機とアイテムで知る図説カメラの歴史】を中心に取り上げている。ご興味のある方は一読して頂きたい。
ポラロイドSX-70 という名機は中古市場でも価格は安定的
![【Polaroid SX-70】ポラロイドカメラは新しい市場を創り出しウォーホルやファンを魅了しインスタグラムの流行に受け継がれる 【Polaroid SX-70】ポラロイドカメラは新しい市場を創り出しウォーホルやファンを魅了しインスタグラムの流行に受け継がれる](http://phi-grid.com/wp-content/uploads/2016/06/SX-70.jpg)
当時は、高額な技術開発費を掛けたモデルであるが、現在の市場取引価格は、どれほどになるのか。さっそくオークファンを見てみよう。約 20,000円までが上限のようである。
それ以下の値段で購入する場合は、程度を考えて購入を検討したほうがよい。状態と程度をどれだけ把握するか、また欠品や故障など細く見ていく事で、メンテナンス・コストも把握できると言うものである。
現在は、比較的たくさん出品されているので、価格は下落基調である。購入を検討している場合いつもそうだが、中古で高額に売れると一度分かれば、業者などが一気に出すので、その時の下落時に狙うには、ちょうど良いモデルでもある。
査定に出してみたが、事前に簡単なリペアを行っていたのが良かったようで、今回の買取査定額は、約 12,000 円程度であった。
一瞬で撮影する写真コストが膨大に膨れ上がる”SX-70″という高級機
さて簡単にではあるが、進化していくポラロイドの開発費や販売数などの推移をみていこう。カメラの基本的なデザインは、工業デザイナーのヘンリー・ドレイファス・アソシエイツが手がける。
72年にSX-70が発売されると、このポラロイドは機能面とデザイン面の両面で傑作と評されるようになる。
SX-70システムの開発費は、7 億 5,000 万ドル (現在の42億ドル) 以上とされ、価格は、当時 300ドル (現在の1700ドル) という大変高額な販売価格で市場に投入され、大半の消費者の手に届くものではなかった。
72年10月の市場投入後、最初の1年間で、41万5000台の製造、企業側の計画では、約100万台であったが、出鼻よりくじかれる事態に陥る。
74年までに、70万台が売れたが、当初はカメラとフィルムパックが売れるごとに赤字が出て、製造には困難がつきまとい、カメラの機構は複雑であり、電池に特有の問題があった。
最終的には、ランドが設計して、自社生産することで解決を図る事ができたようだが、74年にさらに廉価なモデルを発売。同モデルは、独特のフィルムパックを使う後継モデルを市場に投入。
同モデルが、76年までに、600万台以上のカメラが販売され、SX-70シリーズは、全体を通じて 81 年まで製造される事になる。
ポラロイドに魅了されたアンディ・ウォーホル
![【Polaroid SX-70】ポラロイドカメラは新しい市場を創り出しウォーホルやファンを魅了しインスタグラムの流行に受け継がれる 【Polaroid SX-70】ポラロイドカメラは新しい市場を創り出しウォーホルやファンを魅了しインスタグラムの流行に受け継がれる](http://phi-grid.com/wp-content/uploads/2018/02/2a054c1da713398c57f883bb50ebb340.jpg)
この画期的な名機でかつ未来的なクラムシェルデザインは、クリエイティブな表現手段として、著名なアーティストたちに採用されていく。
ポップアーティストのアンディ・ウォーホル が、70年代にポラロイド写真を作品に取り込みはじめると、彼の完璧なツールとなっていく。
アンディ・ウォーホルは、絵やシルクスクリーン印刷を製作する前に、当初被写体について最大 50 枚以上ものポラロイド写真を写した。
名声を素早く獲得できる有名人文化と大量生産芸術に強い関心をもっていたアンディ・ウォーホルには、このポラロイドはピッタリだったのである。インスタントに素早くイメージを切り取ることができるからだ。
彼は、有名人や友人のセルフポートレートをポラロイドで大量に生み出したが、ポラロイドについて彼はこう言っている。
ランド氏はこのポラロイドという優れたカメラを発明した。このカメラには、人の姿を正しく見せるなにかがある。ぼくは 200 枚以上の写真を写してから選ぶ。時にはある写真を半分をとり、別の写真から唇をとってくる。むずかしいこともあれば、簡単なこともある。
彼のほかその他様々なアーティストによって、ポラロイドは主にアーティストを魅了し、その影響で芸術の域にまで進化を遂げる事になる。
それに憧れた一般のユーザーにも、ブランドの影響力が浸透していくことになったのである。
芸術家を魅了した霊気の源泉はスマートフォンやインスタグラムの隆盛へ繋がる
2008年2月に、ポラロイド社が同社のカメラ用のインスタントフィルムの生産を中止を発表した。
同年には、オランダの実業家、フロリアン・キャプスとアンドレ・ボスマンが、オランダ、エンスヘーデで、ポラロイドカメラ用フィルムを生産していた世界最後の工場を買収し、インポッシブル・プロジェクトを設立したのである。
2010年3月に、同社は SX-70 及び 600シリーズのカメラと互換性のある2種類のモノクロフィルム”PX100″と”PX600″の発売を発表した。
同社は、ポラロイドカメラの修理、再販売も行い、ユーザーが iPhone(アイフォーン)のデジタル画像をアナログのポラロイド写真に変換できるキット インスタントラボも作っている。
この自分が創造したイメージをインスタントに素早く記録に残したいと思う欲求 と その後の作品を多くの人に承認されたい欲求を同時に満たすことができるポラロイドの発明は、現在のSNSの隆盛に繋がっていくのである。
インスタント写真用の材料は、もっぱら創作を目的とした芸術家や写真家が用いるニッチな分野にとどまると当初は考えられていたが、インスタグラムなどのスマートフォンのアプリの人気をみると、この独特の写真のフォーマットには、尽きせぬ魅力があることを示している。
参照文献