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【CHANEL】シャネルの戦略、シャネルS.Aの歴史~ココ死後の空白、カール・ラガーフェルド、非上場の時代

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シャネル死後、二代目の失政と三代目による兄弟の二頭政治

 

ココ・シャネル死後、シャネル社では、従来通りオートクチュール事業を継続。1965年、ココ・シャネルが亡くなる6年前にピエール・ヴェルテメールが死去したが、後を継いだのは、息子のジャックであった。この息子は、家業のひとつである馬のビジネスに熱心で、シャネルのビジネスにあまり興味がなく、ラグジュアリーブランドとしてのシャネルを積極的に経営せず、数年間にわたる不作為に見舞われる。

このジャック・ヴェルテメールは二代目としての経営的才覚に欠け、ミスマネジメントを連発。シャネルは一気に低迷を余儀なくされる。いちばんの成長市場である米国では香水「シャネル N゜5」は二流のイメージを持たれるようになる。現状に満足できなかった当時25歳になる息子のアランが1974年に跡を継いだ。彼は、モエ・エ・シャンドン社でのインターン経験以外ビジネスの経験がなかったが、この商売に対する才覚があったことは、現在のシャネル社の状況から明らかである。

まあでも、優秀なブレーンが多くいて、もう経営体制が出来ているのであれば、ハンドリングしていくのは比較的容易であり、しかも億万長者、才能あるものを使い、普通に経営していれば、ある程度は上手くいく。現在は、弟のジェラール・ヴェルテメールとともに経営にあたっている。所謂二頭政治のブランド版といったところである。

様々なブランドや馬を保有し、億万長者でお金を巡る対立も聞こえてこず、権力争いもなく、現在のところ比較的機能しているようである。

 

シャネル:wiki

シャネル (Chanel)は、ココ・シャネルが興したファッションブランド、および同ブランドを展開する企業である。レディース商品を中心に展開しており、服飾・化粧品・香水・宝飾品・時計と展開分野は幅広い。1910年、ココ・シャネルがパリのカンボン通り21番地に「シャネル・モード」という帽子専門店を開店したのが始まり。1913年、リゾート地ドーヴィルに第1号のモードブティックを開店。続いて1915年、ビアリッツに「メゾン・ド・クチュール」をオープンして、シャネルはオートクチュールのデザイナーとして本格的にデビューする。1916年に第1回シャネル・オートクチュール・コレクションを発表。安くシンプルで着心地がよく、無駄のない、ジャージ素材を取り入れたドレスが話題となる。

 

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シャネル・ブランドの後継者「カール・ラガーフェルド」の入社

 

経営を引き継ぎ、香水「シャネル N゜5」はまだグローバル香水事業のリーダー的存在であったようだ。当時8億7500万ドルだった米国市場では、4%のシェアを占めていた。それも次第に低下、アランはブランドの立て直しに着手。手始めに香水「シャネル N゜5」イメージ回復戦略に着手、化粧品事業への参入、生前ココが猛反対し続けたプレタポルテ事業を開始。

もう何ふり構ってはいなかったようである。この際、シャネル社の事業に大きな影響を与えるキーパーソンが何人か入社。大きな収穫は、1980年に入社させたキティ・ダレーソであり、彼女が、カール・ラガーフェルドの才能を見出し、シャネルの後継者としてカール・ラガーフェルドは、シャネル・ブランドの顔として表舞台に登場する。

 

 

カール・ラガーフェルド-wiki

ドイツ出身のファッションデザイナー、写真家。ファッションブランドであるフェンディとシャネルにおいてデザイナーを務める。本名はLagerfeldt(ラガーフェルト)だが、Lagerfeldに変えている。「その方が商業的に良いから」とのこと。1963年クロエ創業者の任命により、クロエ(Chloé)のヘッドデザイナー、1965年フェンディのデザイナーに抜擢。1983年クロエを去って、シャネルのデザイナーに就任。1984年自身のブランド「カール・ラガーフェルド」をスタート。1986年デ・ドール賞(金の指貫き賞)受賞。1992年クロエのデザイナーに復帰。以後、フェンディ、シャネル、クロエ、自社の4つのメゾンのデザイナーを兼任。07年自身のブランド「カール・ラガーフェルド」をトミー・ヒルフィガーに売却した。

 

カール・ラガーフェルドの時代、ココ・シャネル亡き後のブランド継承者

 

アランがファッション事業の執行役として引き入れたキティ・ダレーソが、1983年クロエのデザイナーをしていたカール・ラガーフェルドに白羽の矢を立て、継承者として見出した。

ココ・シャネル亡き後の継承者であり、本人自身がシャネルブランドのアイコンであり、ヘッドデザイナーであり、広告塔でもある。カールのつくる 1着”1万5,000″ドル以上もする (1980年代当時の価格である)美しいラインのシャネルスーツは、各国の王室の王妃や著名人、セレブに愛用されるようになる。

モナコ王国のカロリーヌ・ド・モナコイヴァナ・トランプ、ヨルダンの女王といった面々、比較的シックな女性に愛用されているようである。オートクチュール自体は儲からないが、そこで得たブランドの名声をもって、香水や革製品、アクセサリーやジュエリーなどの売上やブランド価値向上に良い影響を与えている。

他の事業の為に、まずはファッション事業で評判を獲得してから、利益の高い事業で儲けを出すのは、欧州ブランドでは常套的な手段になっている。シャネルブランドはその典型的例である。アランの指揮下で一連の経営戦略を実行する事により、シャネルブランドの業績は回復、成長に向かう。シャネルの香水事業はトップで有り続け、香水の広告、マーケティングでもトップクラスである。

他の香水企業の追随を許さない金額を広告に投入し続け、業界でも抜きん出た利益率を上げているようである。この成功をベースに、時計、靴、その他高級服、コスメ、アクセサリーを含む新しい製品のライン拡充を続ける事により事業は安定方向へ向かう。

 

 

カールは、自身がシャネルでのキャリアをスタートさせた時、シャネルは眠れる美女だったと表現している。美しさえなく、いびきをかいて寝ていた。オーナーたちもその事をしっていた。だから自分がシャネルに迎えられる事になったのだと。カールは、シャネルというブランド名を使って、まったく新しいものをつくるというやり方ではなく、ココ・シャネルを再生させるという方法を取った。

映像は上記であるが、なるほど聞き入ってしまう。1983年当時、そんなブランドの再生手法は前例どころか概念そのものがなく、そんなやり方は上手くいかないと周囲は懐疑的であったようである。周囲が「シャネルは墓場に帰る」と批判的であったことから、カール自身は、その戦略に自信を持ち、今日の成功を築く事になる。批判的であれば、まだシャネルは完璧に死んでいないと読めた所がさすがと言ったところである。カール・ラガーフェルドはまさに復活の立役者であり、シャネル最大の理解者でもあるようだ。

 

豊富な資金面、理解のある経営者、才能あるヘッドデザイナー

 

シャネルではアランがいなければ、現在ある体制は機能していなかったし、アランがバックで支援してくれているからこそ、すべてうまくいくのであるとカールは語っている。彼らが結んだ協定では、自分がシャネルにとって正しいと思ったら、そのとおりにやれるようになっている。仮に企業の方針が、カールのやりたいと思ったことや、やるべきと考えた方向性と逆だったとしても、アランはカールの考えを優先してくれるとの、全面的な信頼関係が存在しているという。

このような強固な信頼関係は、シャネル社のオーナーがヴェルテメール家のみで、株式公開していないから成り立つ。時に非効率なやり方で、事業として成功可能性が見えないものにでも、長期的視点で投資する事を可能にしている。まあ、企業として理想的な関係を作り出す事に成功しているようである。

 

参照:Karl Lagerfeld’s Age Finally Revealed By DesignerLUXUO | LUXUO

 

大体は、資金面でつまずき、ヒットに恵まれず、不作が続き、凋落していくブランドが大半だが、豊富な資金面、理解のある経営者、才能あるヘッドデザイナー、これは成功する方程式である。ひとつ気がかりなのが、アランやカール亡き後はどうするかという後継者問題について、大きな話は聞こえてこない。カールについてはもう良い年齢であり、人間は永遠に生き続ける事はできないのだ。またアランに不慮の事故でも遭った場合も同じく想定しておく必要もあるだろう。要は主要人物亡き後のしっかりとした道筋である。

 

シャネル社の独立非上場戦略

 

シャネルが非公開企業である事は、技術や事業の長期的視野で育成を可能にしているが、シャネルは、創業以来一度も株式公開をしておらず、他のコングロマリットに属さず独自に経営してきた。異なる業態の企業を繰り返し買収、合併し、多角経営化を図る企業は、いくつかあるが、巨大複合企業グループであるコングロマリット。このコングロマリットは様々な優位な面もある事。これについては、LVMHグループが分かりやすいであろう。

最近、この手の記事をいくつか投入しているので、参照は【LVMH】モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンのビジネスの手法とコングロマリットの完成で理解を深めてもらいたい。

 

 

ひとつの事業ではリソースが集中してしまい、リスクが非常に高くなるが、多くの事業を抱える事で、リスクを分散できるだけでなく、ブランド力の活用、販売チャネルの共有化、異業種間の相乗効果によってグループ全体を活性化する多くのメリットがある。コングロマリットに所属すれば、生産・流通・マーケティングなど、あらゆるバリューチェーンにおいてメリットを享受する事が可能になり、株式公開を行えば、資金調達も容易になり、財務はひとまず安定する。

 

非上場の強みは長期的視点でブランドに投資できる事

 

オートクチュール事業を持つ高級ブランドの育成と運営には、巨額の投資が必要であり、多くの場合、ファッション系の事業は流行の浮き沈みの激しい事業である。株式公開により、資金調達を可能にすれば、メリットを受ける事ができるが、それではなぜ、シャネルはかたくなに独立・非上場を貫くのか。

それは株主から束縛させずに、自由な企業活動ができ、シャネルブランドのとして企業の価値を維持発展、長期的視点で投資できるからである。複数の株主がいれば、様々な挑戦で失敗しても成功しても、口出しをされ、短期的な利ざやを稼ぐために振り回され、長期的な視野で事業を育成する事が困難になる。

短期的な利ざやを得ようとした為に、多くの企業は企業らしさを失い、失速していく事例は枚挙に暇がない。非上場企業で、かつバックにつくオーナーファミリーの資金力が強固である事が最大のメリットである

 

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シャネルのブランドの強みは、創業者ココ・シャネルの先進性や現在のデザイナーカール・ラガーフェルドの才能が強調される事が多いが、やはりこの非上場という強みは非常に大きいという。たしかに、一般的に受ける廉価なモデルや低価格のモデルを量産させられ、短期的な成長を余儀なくされ、ライセンスビジネスに手を染めるブランドも多く、凋落しているのは目に余る。

そして一度その道に足を踏み入れると、大半のブランドは、二度とブランドの地位を取り戻す事はできない。資金面での安定というのは、非常に大きく企業にとってワンオーナーのメリットはお互いの関係が良好の間は良い。ただ一度亀裂が走ると、あっという間に分裂してしまうのも、ワンオーナーの弱みである。またオーナーに経営能力がなければ、あっという間に凋落してしまうのも弱点である。

弱点はワンオーナーである事、誰も意見が言えず、悪い独裁に走りやすいという危うい面を持っているというのも付け加えておく。現在のシャネルは良い面が出ているのであまり不安はないが、今後不安がないとは言えず、現在の体制をいかに維持するかが最大の問題と言えるかもしれない。

 

 
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About 磯守 航史郎

食べる事と温泉・マッサージが好きな勤め人。過去には大小様々な職業につき、現在は不安定の中の安定を楽しんでいる昔から「変わり者」と言われた中年。 好きな分野は、ブランド戦略/建築・不動産/知的財産権/EC・オークション/金融・投資/カメラ/時計/モデルやアイドルなど、ジャンルは幅広いが、趣味や元家業・知人との関係で関わった事件が中心であり、現在は利害関係もなく、気軽にブログを書いている。テーマは知的財産権とブランドとの関係・市場での価格の関係、偽ブランドの撲滅など、高尚なテーマをより面白くしたいと努めている。

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